今回は、LSEのグループワークで感じた文化の違いについて書きます。
私の所属するMSc Development Managementでは、グループプロジェクトが必修になっています。国際機関やNGOなどのクライアントから実際の調査プロジェクトを受託し、ほぼ一年かけて3~5人のグループでリサーチを行うというものです。
私のグループは、Transparency Internationalという国際NGOがクライアント。「人道援助におけるドナーの腐敗対策:政策と実施」というテーマで、昨年10月から今年の5月まで文献調査とドナーへのインタビューを用いてリサーチを行いました。グループのメンバーは、トルコ人、イタリア人、コロンビア人、私の四人。トルコ人の学生は学部もLSEでネイティブ並みに英語を自在に操れますが、英語が母語の人はおらず、英語力で劣って苦労するということはありませんでした。
にもかかわらず、グループの議論では私の意見を聞いてもらえないことも多く、非常に苦労しました。意見をはっきり論理的に言えば納得して取り入れられることも多数ありましたが、まず話し出せない、そして聞いてもらえないのです。原因の一部は、日本と皆の出身国の文化の違いにあるように感じます。皆議論になると、他の人が話し終わる前にかぶせるように話し出すのです。日本では、基本的には相手の話が終わるまで待ってから、話し始めるのが普通だと思います。しかし、私のグループでは、他の人が話していても、「ねぇ私いいこと思いついた、聞いて、みんな静かにして。」といって割り込んでくる。だから、話の切れ目を待っているといつまでも自分の意見を言えないし、また、自分が話しているときには割り込ませないための「聞かせる」工夫が必要なのです。
日本語と英語の文法の違いも原因の一つだと思います。日本語では、意味を理解する上で大事な部分(動詞)が文末にきますが、英語では、動詞は文頭、主語の次。文の最後まで聞かなくても、次の返答を準備できるわけです。
日本では黙ってやるべきことをやるというのが美徳という見方もあると思います。そういった日本人らしい部分は、海外でも時間が経てば分かってくれるという意見もあるでしょう。私も、個人的な友達を作るうえではそれでいいと思います。また、やるといったことはきちんとやる、約束を守る、時間に正確に行動する、といった日本人らしい部分を見せることで、信頼を勝ち得ることもできます。
しかし、利害のぶつかる交渉の場や、意見を戦わせるグループワークの議論では、自分の意見を如何に説得力をもって他のメンバーに伝えるかが大事です。日本人が国際社会でリーダーシップをとるためには、日本人らしい部分のうち良いものは失わず、一方で主張すべきところで主張できるいうことが求められているのではないでしょうか。
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